冬の陽が射すように。

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雲もなく、乾燥して澄みきった空に、角度の低い陽が射して、家々の屋根が光る。朝の通勤電車の窓から見える景色はなかなかで、写真でも撮れればよかったのだが、混んだ車内では鞄から携帯電話を出すのも憚られた。

そんなまぶしい車窓を眺めていて思い出したのが、チェーホフの「桜の園」の一幕。

桜の園 (岩波文庫)

ラネーフスカヤは、結婚に失敗し、事故で息子を亡くし、逃げるようにロシアを去った先のパリではダメ男に泣かされ、すがる思いで生家に帰ってきたのだが、桜の園と呼ばれる美しい庭を持つその領地も、借金を返すために売り払われる。

なんというか、たとえてみれば潮が満ちるような、じわじわと足下に迫る、だけど明らかな不安の圧迫感というか、閉塞感。読んでて苦しい。

そして、彼女にとって最後のよりどころである庭が競り落とされたまさにその日、彼女に娘のアーニャが言う。

ママ! ……泣いてらっしゃるの、ママ? いとしい、親切な、やさしい、ママ。わたしの大事なママ、わたしあなたを愛していますわ。……わたし、お祝いを言いたいの。桜の園は売られました、もうなくなってしまいました。それは本当よ、本当よ。でも泣かないでね、ママ、あなたには、まだ先の生活があるわ。そのやさしい、清らかな心もあるわ。……さ、一緒に行きましょう、出て行きましょうよ、ねえ、ママ、ここから! ……わたしたち、新しい庭を作りましょう、これよりずっと立派なのをね。それをごらんになったら、ああそうかと、おわかりになるわ。そして悦びが――静かな、ふかい悦びが、まるで夕方の太陽のように、あなたの胸に射しこんできて、きっとニッコリお笑いになるわ、ママ! 

行きましょう、ね、大事なママ! 行きましょうよ!

なんというポジティブ。

すげーなーと思うのは、ゆくゆくは「ああそうかと、おわかりになる」そして「ふかい悦びが夕方の太陽のように、あなたの胸に射し込」むというところ。豆電球がパカッと点くような悦びじゃないってところがいいじゃないか。チェーホフはすごい。

ま、俺が眺めているのは夕日じゃなくて朝日だけどな。

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